このトピックは 「風力発電」、「風力発電 -2」、「風力発電 -3」に新たな取材を加え、 |
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ゴミの山の風力発電
〜市民出資でエネルギーの丘を創造する〜
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冬の青空をバックに風車の白が眩しい |
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雪をかぶった西ゴミ処分場と風車 (左が1号基) 車両は産業ゴミの収集車。車体のクレーンで荷台の積み下ろしができる。 |
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カールスルーエ市・西ゴミ処分場
ゴミの丘と建設直後の発電用風車1号基 |
ライン河とカールスルーエ市街地の間に広がる工業地区の一角に、22ヘクタールの西ゴミ処分場はある。高さ約60メートルのゴミの丘には2基の大型発電用風車が立っており、冬の快晴の中、雪をかぶった丘と風車の白さが目に眩しい。ドイツ国内のいろいろな所で同様の風車を目にするが、多くは郊外や山岳地帯などに立っているので、このように市街地からも見えるというのは珍しい。
この風車を建てたのは市議会議員でもあるミュラショーン氏(50歳)。氏は風車建設のために有限会社を設立し、市民の出資を募って1999年に1基目(出力750kW)、そして翌2000年に2基目(出力750kW)を建設した。“産業・消費社会の負の象徴”ともいえるゴミの山に“自然エネルギーの象徴”である風力発電用風車を建てる。このコンセプトだけでも非常に興味深いが、氏の最終目標は“ゴミの山をエネルギーの丘に変える”こと。12月31日、ミュラショーン氏にゴミの丘と風車内部を案内していただき、発展を続ける壮大なプロジェクトについて話を伺った。
◆ 風速50m/s超の過酷なテスト
西ゴミ処分場へのゴミの搬入は今も続いており、オレンジ色のゴミ収集車が頻繁に丘を上り下りしている。ここに搬入されるのは主に一般の家庭ゴミ。車で丘を上ると色とりどりのプラスチックが目に付くし、分別して捨てればリサイクルできそうなものも多い。この日は深さ10センチほどの雪が積もっていたが、カラスの大群が餌を求めて丘の上を飛び回るところなどは日本のゴミ処分場と大きく違わない。
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雪をかぶった西ゴミ処分場
左に立つのは2号基。ゴミの搬入はあと数年続く |
ゴミの丘は標高が高いし、ゴミ搬入終了後は公園にするくらいしか利用法が無いので発電用風車の建設にうってつけである。その着想は面白いのだが、さて、それを実現しようとなるといろいろな問題が出てくる。まずメタンガス爆発の危険性だが、これは風車と送電設備を防爆型にしてクリアした。また、丘全体に設置した計62本の井戸でメタンガスを回収しているので、大量のメタンガスが大気中に漏れ出すことは無い(集められたメタンガスは発電に利用)。
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メタンガス回収用の井戸
メタンガスは処分場敷地内の発電設備で利用 |
もう一つ問題となるのがゴミの山の軟弱な地盤。1号基は総重量120トン、モーター部分までの高さが65メートルあるが、3年経った今も問題となるような傾きは無い。約20センチ傾いてはいるが、これは許容範囲内で3mまでは大丈夫。風車の基礎は直径約21メートル・重量約1000トンの鉄筋コンクリートで造られており、理論上、基礎ごと倒れることはない。ゴミ搬入終了後はゴミの圧縮が自然に進むので、山の高さは20年間で約3m低くなると予想されている。1号基のある場所も1年間で約50センチ低くなったが、基礎全体が一様に沈んでいるので塔に影響は出ていない。2000年12月には瞬間最大風速50m/sを越す大嵐に襲われたが、「羽の根元がすこし緩んだ程度で、塔自体に問題は無かった。テストとしてはかなりハードだけど、ちゃんと合格したね。」とミュラショーン氏。
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風車1号基の基礎工事 |
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風車の建設 |
◆ 市民参加による風車建設
ミュラショーン氏は農家でもあり、ゴミの丘に先立ってライン河沿いの農場に出力110kWの発電用風車を建てている。農場の風車は個人で建てたが、ゴミの丘では風車ごとに別々の有限会社を設立(リスク分散のため)して市民の出資を募った。1・2・3号基とも建設費用の半分は市民(法人を含む)出資、残り半分は銀行からの借り入れでまかなっている。出資金と借入金は15年で返済し、その後は出資者に配当を支払う予定だ。15年という確かな数字を挙げられるのは自然エネルギーによる電力の定額買い取り制度という法律の裏づけがあるからだ(再生可能エネルギー法)。このゴミの丘で生まれた電力も市のエネルギー公社が定額(この規模の風車の場合0.091ユーロ/kWh)で買い取る義務がある。一方、自然エネルギー(太陽光、バイオマス、水力を含む)発電をサポートしたいと思う市民は、そういった電力の使用を選択することもできる。その場合、市民は電力料金に0.04ユーロ/kWhを上乗せして支払い、これが自然エネルギー発電開発に還元されるシステムだ。
ミュラショーン氏が広報開始から建設までに要した期間は1号基が約1年、2号基が約2年。基礎工事を含めて風車の建設工事に要するのはわずか3ヶ月だから、市と州の認可を得ることと出資者を集めることに氏の苦労があるといえる。2号基の場合は1号基の実績があるのだから建設に要する期間は逆に短縮できそうなものだが、これは政治力学の問題で、自治体の政権が変わるとプロジェクトにも影響がでるのだそうだ。
2001年9月に予定されていた3号基(出力1500kW)の建設は、出資者が予定通りに集まらず半年ほど延期された。建設費用は1・2号基同様、半分を市民出資によってまかなう予定である。2001年12月現在、必要となる1000口(1口1000ユーロ)のうち800口については出資者を確保しており、2002年4月の建設着工が正式に決まっている。
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農場の風車 | 1号基 | 2号基 | 3号機(予定) |
建設年 |
1997 | 1998 | 2000 | 2002 |
出力 (kW) |
110 | 750 | 750 | 1500 |
風車の直径 (m) |
20 | 52 | 52 | 77 |
年間発電量 (kWh) |
約10万 | 約120万 | 約120万 | 約250万 |
建設費 (ユーロ) |
15万 | 82万 | 87万 | 194万 |
出資者数 |
--- | 135人 | 160人 | 1000口 |
出資者の一人で市内に住むモニカ・ガーベナートさん(39歳)に話をうかがった。モニカさんは宝飾関係の仕事をしていて、ご主人と2人のお子さんがいる。1号基に2口、2号基に2口、3号基に1口の計5口(計5,000ユーロ)を家族の名義で出資しているそうだ。
−どうやってこの風力発電プロジェクトのことを知ったのですか?
「もともとミュラショーン氏をよく知っていたから。特に1号基の建設では、氏の知人・友人が多く出資しています。」
−出資の動機は?
「環境のことを考えて。一人一人の人間ができることは小さいけれど、たくさん集まればこういう大きいこともできます。環境のために何かをやっているという気持ちは大切だし、子供にもいい影響を与えると思います。」
−5,000ユーロは決して小さい額ではありませんが。
「もちろん、ミュラショーン氏を信頼しているから出資しました。一般市民にとっては確かに小さくないけれど、例えば休暇の家族旅行を2回我慢すれば払える額です。」
私自身、日本の皆さんから『ドイツ市民の環境意識の高さ』について尋ねられることも多いが“意識”を具体的に測るのは難しい。もちろん、ドイツのすべての市民がガーベナートさんのように高い環境意識を持ち積極的に行動しているなどということはありえない。しかし、環境に関心のある市民と話をしていると『小さなことでも自分のできることからやっていこう』とする地道な姿勢をよく感じる。ドイツがすばらしいと思うのは、そういった個人(あるいは団体)が具体的に何かしたいと思うとき、それを実現するための受け皿・法的なルール・道筋が整備されていることだ。もともと一人のアイデアから始まったものを市民がバックアップして実現させたこの風車建設プロジェクトが一つの例である。
◆ エネルギーの丘
この西ゴミ処分場はゴミ搬入が終了した後、緑に覆われたエネルギー公園に変わる予定だ。現在稼動しているメタンガスによる発電、2基の風力発電、建設間近の風車3号基に加え、丘の南斜面に計40,000uの太陽電池設置、地熱を利用した発電も計画されている(メタンガスによる発電は市清掃局、太陽光発電は市のエネルギー公社のプロジェクト )。風車1号基の電力供給量は約1200人が家庭で使う分、2号基も約1200人分、そして3号機は約2400人分に相当する。太陽光発電その他で5000人分以上の電力を供給できると見積もられているので、将来はゴミの山が1万人分以上の電力を供給するエネルギーの丘に生まれ変わることになる。
2001年4月28日には1号基に隣接してエネルギーインフォメーションセンターもオープンしている。センター内は約100uのホールになっており、市のエネルギー公社の協力も得て代替エネルギーや省エネルギーに関するパネルが展示されている。屋根の南・西面には太陽電池のパネルが設置され、この電力は風車で生産された電力同様、エネルギー公社に売電されている(太陽光発電の場合は0.501ユーロ/kWh)。センター内で使う温水は建物の南面に設置された太陽熱温水器でまかなわれるし、暖房には廃木材を原料としたペレットを燃料とする熱効率の高いストーブを使っている。今のところ市民が自由に丘へ登ることはできない(ゴミの搬入が続いている)ので、センターは主に学校の授業など団体研修に利用されているが、将来的には市民が気軽に立ち寄ることのできる代替エネルギー・省エネルギー啓蒙活動の中心になるはずだ。
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エネルギーインフォメーションセンター(12月31日12時、快晴)
◆太陽電池(80u):
現在の出力3200W、この日12時までの発電量4.9kWh、8ヶ月間の総発電量232kWh ◆太陽熱温水器(8u): 温水タンクの水温50度 |
◆ 1号基に登る
塔基部のドアを開けると、まず塔とモーターの制御盤がある。このときは風が弱く風車は止まっていたが、制御盤の表示によれば風車が回っているのは1年のうち時間にして88.3%(稼働率)。残る11.7%は風が弱くて(3m/s未満)風車が動かないか、逆に強すぎて(25m/s以上)風車を止めているということになる。年間の発電量を月ごとにみると12月が最も多く、7月が最も少ない(12月の4分の1)。風車の最高出力を100%とすると、年間を通した出力の平均は18.3%(利用率)である。
塔の内側には長いハシゴが設置されていて、これが65メートル上のモーター部分まで続いている。塔の内部は大きく3階層に分かれているので、1本のハシゴの長さは20m余り。落下防止用のワイヤーが張られ、ハーネス(落下防止用の安全具)もあるのだが「使わなくても大丈夫だろ?!」と言うミュラショーン氏は、なんとも気楽なもの。半年ほど前に2号基へ登らせてもらったときも同様だったが、作業用の手袋だけははめて“自己責任”で登頂開始。氏は風車の点検のために毎週塔に登っているので、ハシゴを握る姿も慣れたもの。壁に背中を付けるようにして登るので思ったほど手足の疲労は無いが、慣れないと足がすくんでしまう高さだ。3号機には作業用のエレベーターを設置するそうだから、私としても待ち遠しい限り。
約10分ほどで無事モーター部分に到着したが、モーターから漏れた機械油で床が濡れている。これまでにも油が漏れることはあったが、これほどの量はなかったそうだ。モーター部分到着に合わせるようにして、風が吹き始め、風車も回り出した。風速数メートルほどの微風だが、塔は小型船のようにゆっくり揺れる。天井部分の小さなハッチを開けて上半身を外に乗り出すと、360度の雄大なパノラマ。ゴミ処分場の南には工業地帯とライン河の港が広がり、河川用タンカーで運ばれた火力発電用の石炭の山、火力発電所、日本の技術で作られたサーモセレクト方式の資源リサイクルプラント、石油貯蔵タンクなどが見える。処分場に隣接する西側は自然保護区域、北・東側には住宅地や森が広がり10キロほど先の丘陵地帯へ続いている。このゴミの丘全体が緑で覆われ、40,000uの太陽電池が敷かれた眺めはさぞかし壮観だろう。
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1号基塔基部(左)と2号基
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1号基内部
高さ20m余りのハシゴ |
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1号基のモーター部分にて
床に漏れたオイルを拭くミュラショーン氏 |
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1号基上部から北東方向を望む
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いったい何がミュラショーン氏を風車建設に駆り立てたのだろう? 原動力となったのは酸性雨による黒い森の枯死など、ヨーロッパの自然を蝕む環境破壊を何とかしたいという思い。そして、決定的だったのがチェルノブイリの原発事故だそうである。
ゴミの丘ではメタンガスによる発電、風力発電、エネルギーインフォメーションセンターによる代替エネルギー・省エネルギーの啓蒙活動、太陽光発電、地熱発電などのプロジェクトが進行している。実際のところゴミの丘の風力発電から大きな利潤が得られるわけではなく、ビジネスとしてみれば特別な魅力は無い。取材をしていて特に印象的だったのは「自分にとって政治と環境は趣味」というミュラショーン氏の言葉。なんともスケールの大きい趣味ではある。風力発電の規模と経済的なリスクを考えても趣味と呼べる範囲はとっくに超えているのだが、基本姿勢は今も昔と変わらないということなのだろう。苦労は山ほどあるはずだが、それを少しも表に出さないミュラショーン氏の気さくな姿勢がすがすがしい。ゴミの山は、緑に覆われたエネルギーの丘へと今日も変わり続けている。(了)
新雪に残るウサギの足跡
キツネはウサギやネズミだけでなくゴミの中の餌を求めて好んでゴミ処分場にやって来るそうだ。ゴミの搬入が終了したところはすでに緑地化されており、野鳥の巣もある。近い将来、この処分場も野生動物が生息する緑の丘に変わることだろう。 |
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ミュラショーン氏(Thomas Muellerschon)
1号基上部にて |
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